大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成3年(ワ)7956号 判決

原告

手島美香

被告

三島和彦

ほか一名

主文

一  被告向谷郁夫は、原告に対し、金二一〇四万三三二一円及びこれに対する昭和六三年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告三島和彦に対する請求及び被告向谷郁夫に対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  原告と被告向谷郁夫との間の訴訟費用はこれを七分し、その五を原告、その余を被告向谷郁夫の負担とし、原告と被告三島和彦との間の訴訟費用は原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自動車二台と接触事故を起こして負傷した原動機付自転車の運転者が、自賠法三条によつて損害賠償を請求した事件である。

一  争いのない事実

原告は、昭和六三年一〇月五日午後八時二五分大阪府寝屋川市木屋町四番一号先府道木屋交野線路上において、原動機付自転車(原告車両)を運転して、東から西に向かつて走行中、駐車中の、被告向谷所有の貨物自動車(向谷車両)に追突(一次追突)し、対向車線に失走したところ、西から東へ走行してきた被告三島が運転し所有する普通乗用自動車(三島車両)と衝突した(二次衝突)。

二  争点

1  損害一般

2  被告三島の免責

(一) 被告三島の主張

原告は、被告向谷車両と衝突して、弾かれたように、対向車線上にはみ出してきたものであつて、被告三島には、原告がそのような走行をすることは予想できなかつたから、本件事故の発生について過失はない。

また、被告三島は、倒れた原告をさらに轢過したこともないので、本件事故の発生について過失はない。

(二) 原告の反論

原告は、被告向谷車両の同車後部右端に衝突して、わずかに対向車線に出たに過ぎないところ、被告三島は、対向車線上に、被告向谷車両が車線を塞ぐ状態で駐車していることを知つており、その車両を避けるために、対向車が自動車前部にはみ出してくることも予想しえたのであるから、減速徐行したり、左に寄るなどの事故発生を回避しなければならない注意義務があるのに、これを怠つたため、被告三島車両が原告車両と衝突したものであり、その点において過失がある。

また、被告三島は、前方を注視せず、原告を救護しないまま自車を発進させ、原告を轢過(三次轢過)したものであるから、この点においても過失がある。

3  被告向谷の免責ないし過失相殺

(一) 被告向谷の主張

事故現場は見通しの良い直線道路であり、原告車両が西進するにあたつては、前方駐車車両の存在が容易に見通せる状況であつたにもかかわらず、前方不注視のまま漫然走行した結果当該車両の存在を見落としたため起こつたものであるから、本件事故は、原告が自ら招いたものと言え、被告向谷の過失に基づくものではない。

もし、被告向地ににも責任があるとしても、原告の前方不注視の過失も大きいものであるから、大幅な過失相殺がなされるべきである。

(二) 原告の反論

原告にもある程度過失はあるが、被告向谷は、片道一車線で、駐車禁止の狭く、照明施設もない道路に、小雨の降る見通しの悪い夜間に、西行車線を塞ぐように、テールランプもつけず、長時間貨物自動車を駐車していたものであるから、本件事故は、被告向谷の過失によつて生じたものである。

第三争点に対する判断

一  損害

1  入院雑費 五四万八六〇〇円(原告主張同額)

甲二、三、五、同六ないし一八、証人手島順子の証言によると、原告は、本件事故によつて、頭部外傷Ⅳ型、右前部・頭頂部・上顎部打撲、急性硬膜下血腫、急性脳腫張、左上腕骨骨折、上顎歯骨折、左血気胸、下口唇裂傷、脳挫傷、左胸部大腿部両膝打撲、左助骨骨折、左肺挫傷等の傷害を負つたこと及びその治療のため、昭和六三年一〇月五日から平成元年六月一〇日までの二四八日間及び同年一〇月五日から同一二月三〇日の七六日間、大阪府三島救命救急センターに、翌二年七月二七日から同年一一月一日の九八日間、大阪医科大学附属病院に、合計四二二日間入院し、平成元年六月一一日から同年一〇月一五日まで一六日、同年一二月三一日から翌二年二月二六日まで一七日、同年一一月二日から一二月一三日まで七日、合計四〇日間大阪医科大学附属病院に通院したが、平成二年一二月一三日症状固定した。その後も、後記の後遺障害の現状を維持するため、平成二年一二月一四日から翌三年一二月三日まで、七二日間大阪医科大学附属病院に通院し、リハビリを施行した。

このように、原告は、前記各傷害の治療のため、四二二日間入院治療を受けたところ、一日当たりの雑費としては一三〇〇円が相当であるから、入院雑費は、右記のとおりとなる。

2  入院付添費 一八九万九〇〇〇円(原告主張同額)

前記のように、本件事故による障害によつて原告は四二二日間入院治療を受けたところ、後記の原告の後遺障害の内容、程度からすると、入院全期間付添を要したことは明らかであり、証人手島順子の証言及び弁論の全趣旨によると、母である手島順子等が、入院の全期間付き添つたと認めることができるところ、近親者の付添看護料としては、一日当たり四五〇〇円とするのが相当であるから、入院付添費は右記のとおりとなる。

3  通院付添費 一八万円(原告主張同額)

原告の病状からすると、通院には付添が必要であり、一日当たり、二五〇〇円とするのが相当であるところ、前記のように、少なくとも、原告の主張する七二日以上通院したと認められるので、通院付添費は、右記のとおりとなる。

4  休業損害 否定(原告主張三五四万一〇〇〇円)

証人手島順子の証言及び弁論の全趣旨によると、原告(昭和四四年二月五日生、事故当時一九歳)は、高校を卒業後一時就労したが、事故当時は、医療事務の専門学校に通う傍らアルバイトに従事していたと認められるものの、そのアルバイトの具体的内容、勤務期間や収入額等の立証はなく、その点に、原告は、本務としては専門学校に通つているものであることも考え合わせると、継続的に勤務する蓋然性を認めるに足りないので、休業損害を認めることはできない。

5  入通院慰藉料 三二〇万円(原告主張四五〇万円)

前記認定の入通院期間、傷害の程度等に照すと、原告を慰藉するには右記金額をもつて相当と認める。

6  逸失利益 五三六八万一〇五四円(原告主張五四七〇万二四二九円)

甲二、五、証人手島順子の証言によると、原告には、運動性失語、右片麻痺、右半身知覚障害が残存し、頭部CT上、左大脳半球に脳挫傷による広範な脳萎縮が認められるものであつて、その障害には回復の見込はないものであるから、自賠法別表等級一級三号に該当し、その労働能力喪失率は一〇〇パーセントと解すべきである。また、原告は、高卒女子であつて、前記の生年月日からすると、平成二年一二月一三日の症状固定日の原告の年齢は二一歳であつて、本件事故による後遺障害がなければ、そのころには、専門学校を卒業し、同学歴同年齢の女子と同様に就労していたと推認すべきであるところ、産業計、企業規模計、高卒女子労働者の、二〇歳から二四歳の平成元年の平均給与額が二二八万一〇〇〇円であることは、当裁判所に顕著であるから、それを算定の基礎とし、六七歳までの就労可能年数四六年に該当する新ホフマン係数(二三・五三四)を乗じて、中間利息を控除すると、その逸失利益は右記のとおりとなる。

7  後遺症慰藉料 二〇〇〇万円(原告主張二五〇〇万円)

前記認定の後遺障害の内容、程度からすると、原告を慰藉するには、右記金額が相当である。

8  将来の介護費 二五一八万六五五一円(原告主張同額)

前記の原告の後遺障害の内容、程度からすると、生涯付添を要すというべきであつて、一日当たりの介護費用は、二五〇〇円と解すべきであるところ、原告は、短くとも、原告の主張する平成元年における二一歳女子の平均余命である六一年は生存すると解すべきであり、該当する新ホフマン係数(二七・六〇一七)を乗じて、中間利息を控除すると、将来の介護費は右記のとおりとなる。

9  合計 一億〇四六九万五二〇五円(原告主張額一億一五五五万七五八〇円)

二  被告三島の免責

1  一次追突及び二次衝突の態様

本件事故現場付近の道路(本件道路)は、東西に一直線に伸びる見通しの良い、アスフアルト舗装の、平坦な、歩車道の区別のない、片側一車線で、その幅が、二・七メートルの、東行には〇・四メートルの側道のある道路であつて、事故当時雨が降つていたため、道路は湿潤の状態であつた。速度は時速三〇キロメートルに規制されており、駐車禁止であつた。本件事故現場付近は、市街地であつて、比較的交通量は多く(事故の直後である同日午後八時四五分から九時一六分の実況見分中の三分当たりの車両通行台数は二〇台)、周囲に街灯があるものの、比較的暗く、信号機はなかつた(詳細は別紙図面参照)(甲一、検甲一の一、二、四、五の各一、二、検甲三、六、乙一、検丙一の一ないし八、被告本人尋問)。

被告向谷は、別紙図面〈A〉(以下別紙図面を省略し、単に記号のみを示す。)に向谷車両を駐車していたが、その車両の北側端とセンターラインとの距離は、九〇センチメートルしかなかつた。原告車両は、本件道路の西行車線内センターライン付近を西進していたところ、被告向谷車両の右後部〈イ〉に接触し、弾かれるように、〈ウ〉まで進み、被告三島車両と衝突した(乙一、被告本人尋問)。

三島車両は、本件道路東行き車線を、時速三〇キロメートル以下で走行していたところ、〈2〉地点で、〈ア〉地点を減速せずに走行していた原告車両に気付き、向谷車両の後方で停車すると判断して、そのままの速度で進行したところ、〈3〉地点で、原告車両が向谷車両に追突したのを見て、被告三島は、急ブレーキをかけたものの、〈4〉地点で、三島車両の右前部と、〈ウ〉地点の原告車両と衝突し、〈5〉地点で停車し、原告は、〈エ〉付近に、頭部を東側に、うつ伏せに倒れていた。(乙一、被告本人尋問)

2  三次轢過の有無

(一) 被告三島は、〈5〉で停車した際、窓を開けて外を見て、原告が右斜前方に倒れているのを確認したが、その際、原告の頭部の位置がフロントタイヤの少し右にあつたこと及び足がより車に近かつたことには気付いたが、身体全体、特に、手や足の先は見えなかつたのに、窓から後方やドアの横真下も確認せず(被告本人尋問二五、四〇、五一、五二項)、後続車両の通行の便のため、三島車両(オートマチツク車)を左側に寄せようとして、トライブの状態であつたギアはそのままにして、ハンドルを左に一杯切つて、ハンドルを右に戻しながら四、五メートル前に進み、左端に寄せて止めた(被告本人尋問一三項、四一項)が、その際には、原告を轢いてはいけないと意識して運転していたわけではなかつた(被告本人尋問二七項)(なお、全体について乙一。)

原告の傷害の内容は前記認定のとおりであるが、一般的に三島車両程度の重量のあるものが、身体の上をまともに轢いたら、肉が轢きちぎられたり、粉砕骨折が起こる等極めて重大な傷害が発生することは容易に推測されるところ、轢過に基づいたともいいうる傷害としては、初診時のカルテである甲八においては、左上腕の骨折・変形と記載されている部分が、甲一〇、一一においては、左大腿部のタイヤ跡が認められるのみである。

(二) (一)記載の事実(特に、原告と三島車両の位置関係)に、甲七、証人辻良子及び同手島順子の各証言を合わせ考慮すると、被告三島は、〈5〉から三島車両を左に寄せるに際して、その右後部車輪で、俯せで倒れている原告の左大腿部をかすめたか左手の上部を轢いたかのいずれか又はその両方であると推認するのが相当である。

(三) なお、被告三島は、その本人尋問において、轢いたら気付くはずであるのに、気付かなかつたから、轢いたことは在り得ない旨及び原告の倒れていた位置からして轢くことはありえない旨供述する。しかし、前者については、身体の枢要部ならともかく、上肢への乗り挙げや下肢を擦る程度であれば、気付きにくいものである上、特に、被告三島の三島車両の左寄せは、二次衝突の直後に行われているので、ある程度動揺するのが通常であることも考慮すると、轢いたのに気付かなかつた可能性は十分ある。また、後者については、むしろ、前記の被告本人尋問によつて認められた位置関係からすると、かえつて、右後輪での二度轢きのありうる位置であるといえる。したがつて、いずれの供述も、前記認定を覆すに足りるものではない。

(四) また、証人手島順子の証言中には、原告の顔は、本件交通事故で風船のように腫れており、左足はばらばらに変形し、左の助骨は折れ、全部左側が駄目になつていた旨の供述があり、被告三島が、原告の頭部以下左半身全体を轢過したことを示唆しているが、確かに、前記認定のとおり、原告には、右証言と一致するものも含め、左半身に多くの傷害があるものの、その傷害は、一次追突等によつても生じ得るし、むしろ、(一)で述べた三島車両の重量の点からすると、三島車両が左半身に乗り上げたとすると、より重大な傷害が発生したというべきであるから、左半身の受傷の内容、程度からは、左半身全体の轢過はなかつたと推認するのが相当である。

3  被告三島の責任の範囲

(一) 二次衝突について

前記の事実からすると、被告三島については、道幅の狭い道路に、貨物自動車である向谷車両が停車していたものであつて、その後ろに見える原告車両が、向谷車両一一・五メートルの距離に近付きながら減速しないで走行を続けていたことを知つていたものであるから、原告車両が、向谷車両を追い越すため、対抗車線を越えて走行することもありうることを念頭におき、その走行を注視しながら、減速したり、左によつて走行したりすべきであつたといえ、それを怠つた点は、被告三島の落度ともいえる。しかし、本件においては、原告車両は、向谷車両に追突し、弾かれたように被告三島車両に衝突したものであつて、そのような走行までは予想できなかつたことが認められるし、そのことに本件道路の道幅等も考慮にいれると、仮に、被告三島が、減速したり、より左側を進行していたとしても、一次追突を知つた時点で、適切なハンドルブレーキ操作をなしても二次衝突を避けることはできなかつたと解されるから、結局、被告三島の過失によつて二次衝突が起こつたとは認められず、この点に関しては、被告三島には責任がない。

(二) 三次轢過について

前記認定のとおり、被告三島は、〈5〉から三島車両を左に寄せるに際して、その右後部車輪で、俯せで倒れている原告の左大腿部をかすめたか、左手の上部を轢いたのいずれか又は両方であると認められるのであるから、それらの傷害に基づく損害を賠償する責任がある。

三  被告向谷の免責及び過失相殺

被告向谷は、前記認定のとおり、市街地にあつて、交通量が比較的多く、片側一車線で、その幅が二・七メートルの狭さで、比較的暗い、駐車禁止とされている道路に、見通しの悪い雨の降つている夜間、センターラインとの間を九〇センチメートル残すのみの位置に、普通貨物自動車である向谷車両を駐車していたものであるが、証人辻良子の証言、弁論の全趣旨によると、被告向谷は、本件事故現場付近の理髪店で、散髪するため、向谷車両を駐車していたものであつて、その際、テールランプすら付けていなかつたことが認められるものであつて、これらの事実からすると、被告向谷の過失は明らかであつて、免責されるべきものではない。

しかし、原告側においても、前方を注視して走つておれば、向谷車両が駐車していることを容易に知ることができ、その位置、大きさ、道幅等を前もつて合理的に判断すれば、前もつて減速する等して、被告三島車両の進行に気付いた段階で、速度等を調節して、駐車車両の横での行き違いを避けるとか、向谷車両の後部に停止して、三島車両の進行を待つ等して、三島車との衝突を避けることができたのに、それを怠つて、向谷車両の駐車に気付かずそのまま進行したかあるいは、直前で気付きながら、三島車両の進行を知り狼狽する等して、適切なハンドルブレーキ操作をすることができなかつたものと推認でき、相応の過失相殺をなすべきところ、前方不注視が基本的義務であることに鑑みると、三島側の過失と比べると原告側の過失がより大きいというべきであり、前記認定のそれぞれの過失の態様及び追突の態様等からすると、原告側の過失は六五パーセントと解するのが相当である。

四  被告らに対する請求

1  被告三島に対する請求

前記のように、被告は、第三次轢過によつて、原告に負わせた傷害による損害を賠償する義務がある。そして、その傷害は、多くみても、左上腕骨折、左大腿部擦過傷であるが、原告は、本件の一連の事故によつて、前記のように多くの傷害を被つており、それらについて並行して治療を受けており、それらが相まつて後遺障害を招来しているというべきであるから、第三次轢過に基づく損害を入院雑費、休業損害、逸失利益等の各項目ごとに認定することはできない。したがつて、それらの傷害についての傷害は慰藉料として判断すべきところ、一般的な左上腕骨折、左大腿部擦過傷に基づいて生じうる損害、原告の全体の傷害及び後遺障害の程度及び内容並びにそれらに基づく損害の内訳及び総額、特に原告の最も重大な傷害は頭部についてのものであることを総合考慮すると、被告三島の負うべき慰藉料は、既払い額である一七五〇万円を越えることはないというべきである。したがつて、原告の被告三島に対する請求は棄却すべきものである。

2  被告向谷に対する請求

前記のとおり、原告は、被告向谷に対しては、全損害の三五パーセントである三六六四万三三二一円の損害賠償の負担を求めるべきところ、既払い金として、前記認定のとおり、一七五〇万円が認められ、それを控除すると、一九一四万三三二一円の損害賠償を求めることができ、それに対する弁護士費用は、本件訴訟の経緯に照し一九〇万円が相当である。

五  結論

以上より、原告の請求は、被告向谷に対し二一〇四万三三二一円及びこれに対する昭和六三年一〇月五日から支払済みまでの遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 水野有子)

別紙 〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例